労災かくしとは
労災かくしとは,事業者が労災事故の発生をかくすため、労働者死傷病報告(労働安全衛生法第100条、労働安全衛生規則第97条)を、①故意に提出しないこと、②虚偽の内容を記載して提出することをいいます。
そして,労災かくしは,立派な犯罪に当たります。
労働安全衛生法120条柱書は,「次の各号のいずれかに該当する者は、50万円以下の罰金に処する。」と規定し,同条5号は,「第100条第1項又は第3項の規定による報告をせず、若しくは虚偽の報告をし、又は出頭しなかつた者」と規定しています。
また,労働安全衛生法122条は,「法人の代表者又は法人若しくは人の代理人,使用人その他の従業者が,その法人又は人の業務に関して,第116条,第117条,第119条又は第120条の違反行為をしたときは,行為者を罰するほか,その法人又は人に対しても,各本条の罰金刑を科する」と規定していますので,従業員が勝手に労災かくしをしたという理由だけでは,法人の代表者は処罰を免れることは出来ません。
労災かくしが起きてしまう理由
事業者が,労災かくしをしてしまう理由としては以下のようなものが考えられます。
① 元請や監督署の調査・監督,処分を回避したいが為
② 元請や発注者からの今後の受注を確保したいが為
③ 労災保険のメリット制※や,無災害記録等への影響を避けたいが為
④ そもそも労災保険への未加入や,他の法違反の発覚を避けたいが為
しかし,このような安易な考えは,労災を助長するだけにすぎません。
※メリット制:労災保険制度において,事業の労働災害の発生状況に応じて,労災保険を増減させる制度
労災かくしが罰せられる理由
労災かくしが横行すると,以下のような不利益が生じることとなります。
このような不利益を排除するため,労災かくしに対しては罰則が設けられているのです。
①災害原因の究明や対策が正しく行われなくなる
②被災者に対する治療や療養休業中の賃金補償がされなくなる
③労働災害の発生に対する行政指導や責任を適切に問うことが出来なくなる
④他の従業員に対しても不安を与え,働く意欲を失わせる。
労災かくしの手口
労災かくしの手口としては,大別して以下の二つの手口が考えられます。
① 事業者がそもそも「労働者死傷病報告」を提出しない
② 事業者が「労働者死傷病報告」に虚偽の内容を記載して提出する
①の場合は,労災事故の発生そのものを「隠す」といことになるので,被災者に対する労働保険給付(治療費・休業補償など)は行われないことになってしまいます。
②の場合は,自社の利益のために「虚偽報告」を行うもので,具体的には,労災事故が発生した場所や発生の状況,休業日数を偽るなどがあります。
以下では,労災かくしの送検事例をいくつかご紹介します。
事例1:経営者○○は,同社が請け負った工事現場で,同社の作業員が作業中に高さ約7.5メートルの足場から墜落し,両手首骨折の重傷を負って4日以上仕事を休んだにもかかわらず,○○労働基準監督署長に労働者死傷病報告を提出しなかった疑い。
事例2:2次下請である塗装業Bの代表○○と3次下請の塗装業Cの代表○○は,マンション新築現場で,Cの作業員が吹き付け塗装をするためのシート張りをする際,転倒し右手首を複雑骨折したが,BとCは共謀して,「受注を確保するために元請けに労災保険で迷惑をかけたくない。」として労働災害を隠蔽した。
事例3:建設会社Eは元請建設会社から2次下請けしたビル建設工事を行っていたが,同社労働者が同建設現場で熱湯を浴び全治3週間のやけどを負った労働災害が発生した際,「自社の資材置き場で起きた。」と同労基署に虚偽の報告をした疑い。
工事現場での労働災害は,元請建設会社の労災保険で補償されることになっているが,同社専務は「元請けの労災保険を使うと迷惑がかかり,仕事がもらえなくなると思った。」と供述している。
事例4:1次下請けの鉄鋼加工会社Gと同社部長代理ら2人は,製鉄所内で発生した労働災害3件について,労働災害では使えない健康保険扱いにしたり,労働者が業務中,転倒してひざの骨を折り3か月のけがをしたのに,これを通勤災害扱いとしていたもの。
労災かくしとご相談
労働基準監督署への相談
労働基準監督署は,被災労働者からの情報提供に基づき,関係書類の提出の有無を確認し,労災かくし事案の把握を行います。
労働基準監督署が労働災害と認めれば,会社が労働災害と認めなくても労働災害として,です。
ですので,労災かくしが起きた時には,まず,労働基準監督署に相談することをお勧めします。
弁護士への相談
企業
労災かくしは,企業側が,その後の不利益に対するリスクを正しく考慮できずに,目先の利益のために誤った判断をした結果と言えます。
このような誤った判断のために,前科前歴が残る,公共事業の受注の難化など,多くの不利益が生じることとなります。
このような事態とならないためにも,労災かくしが生じた場合,弁護士に相談して会社としての対応を考えることが肝要でしょう。
労働者
会社が労災かくしを行う場合,会社から労災補償をして貰えることは皆無といってよいでしょう。
そのような中で,労災による怪我などを抱えながら,お一人で会社と交渉をすることは困難です。
また,労働災害を原因とする損害賠償請求は,安全配慮義務違反の有無の認定や,逸失利益の計算など複雑な内容となることが多く,専門的知識や経験は不可欠です。
ですので,まずは弁護士にご相談することをおすすめ致します。