厚生労働省の「労働者派遣事業報告書」によると、令和5年6月1日現在の派遣労働者数は約192万人となっており、前年と比べて3.4%増加しています。
派遣労働者は様々な業務でみられる雇用形態ですが、上記報告書によると、「一般事務従事者」や「製品製造・加工処理従事者」で多くの割合を占めています。
一方、法律によって、派遣で働くことができない業務も定められています。
派遣労働者は、派遣元との間で雇用契約を締結し、派遣先で業務を行うという働き方です。
そして、派遣労働者であっても、業務中に事故に遭って怪我をする可能性があることは、派遣以外の労働者と同様です。
もっとも、派遣労働者の場合、派遣元との間で雇用契約関係があるものの、実際に働いているのは派遣先であり、派遣先の指揮命令を受けて業務を行っていることから、労災事故の責任が派遣先と派遣元のいずれにあるのか、派遣先と派遣元いずれの労災保険が適用されるのか等分かりにくいことも多いと思われます。
そこで、今回は派遣労働者の労災事故について解説していきます。
業務中の怪我は労災
労働者が、業務上の事由で負傷した場合、労働災害として労災保険給付を受給することができます。
労災保険は、労働者災害補償保険法に基づき、業務上の事由や通勤上の事由で負傷した労働者に対して行われる保険給付制度であり、基本的には労働基準監督署に申請をします。労災が認定されると、治療に必要な療養(補償)等給付や労災事故による負傷のために働くことができないときの休業(補償)等給付といった労災保険給付を受給することができます。
なお、就業先で負傷した場合であっても、業務に起因するものでなければ業務上の事由で負傷したとはいえず、労災も認定されません。
派遣労働者の場合、雇用契約を締結しているのは派遣元、業務を行っているのは派遣先ですが、派遣元が災害補償責任を負うこととされており、労災保険法の適用についても、「労働者を使用する事業を適用事業とする」と定められ、派遣元が労災保険の適用事業とされています。
後遺障害が残る大きな怪我になることも
労災が認定されると、療養(補償)等給付を受給しながら治療を受けることができます。治療を受けて事故に遭う前の状態に戻ればいいのですが、治療を続けたにもかかわらず、後遺障害が残ってしまうことも多くあります。
治療を続けたにもかかわらず、身体に一定の後遺障害が残ってしまった場合には、障害(補償)等給付を受給することができます。
障害(補償)等給付を受給するためには、労働基準監督署に障害(補償)等給付の請求をする必要があります。
障害(補償)等給付の対象となる後遺障害には、第1級から第14級の等級があり、認定される等級によって支給額も異なります。なお、これらの障害等級に該当しなければ、障害(補償)等給付を受給することはできません。
障害(補償)等給付の請求は、労働者災害補償保険診断書の提出が必要となります。いわゆる後遺障害診断書です。障害(補償)等給付の認定は、労働者災害補償保険診断書の記載内容が重要となります。記載内容に不足や誤りがないか、提出前にしっかりと確認するようにしましょう。
また、労働基準監督署の担当者等との面談が行われることもあります。初めての方にとって、面談は緊張したり不安に感じたりされるかもしれませんが、残っている症状についてはきちんと伝えることが大切です。
これらの障害(補償)等給付の基本的な手続は、派遣労働者も通常の労働者と同様です。労働者災害補償保険診断書の記載内容や面談の対応によって、障害(補償)等給付の認定の有無や認定される等級が異なることもあります。
後遺障害が残ってお悩みの方は、一度労災問題に精通している弁護士に相談されるとよいでしょう。
会社に対する損害賠償請求について
労災事故によって負傷してしまった場合、前述のように、労災保険給付を受給することができます。しかし、労災保険からは慰謝料等は支給されません。
使用者には、労働契約に伴い、労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をする義務(安全配慮義務)があります(労働契約法5条)。
また、労働契約関係になくても、特別な社会的接触の関係が認められる場合には、安全配慮義務を負うことがあります。
労災保険から支払われない慰謝料等の損害の賠償は、安全配慮義務に違反して労災事故を発生させた会社等に対して請求していくことになります。
もっとも、派遣労働者の場合、業務を行っているのは派遣先であり、労働契約関係にあるのは派遣元です。派遣労働者が労災事故に遭って負傷した場合、慰謝料等の損害賠償はどちらに請求することができるのでしょうか。
派遣先の責任
派遣先と派遣労働者との間に労働契約関係は存在しません。
しかし、派遣先は、派遣労働者を指揮命令下において労働させ、特別の社会的接触の関係が認められることから、派遣先は派遣労働者に対し、安全配慮義務等の義務を負います。
派遣労働者が業務を行っているのは派遣先のため、派遣先が安全配慮義務に違反したことで労災事故が発生するケースも多くあります。そして、このような場合には、派遣先に対して慰謝料等の損害賠償を請求することができます。
また、事業のために他人を使用する者は、被用者がその事業の執行について第三者に加えた損害を賠償する責任を負うとされています(使用者責任・民法715条)。
派遣先の従業員のミス等が原因で労災事故が発生し、派遣労働者が負傷した場合には、使用者責任を根拠に派遣先に対して損害賠償請求ができることもあります。
さらに、派遣先は業務上の設備を占有していることから、その設置又は保存に瑕疵があるとして、土地工作物責任(民法717条)に基づく損害賠償請求が認められることもあります。
なお、労働者派遣事業の適正な運営の確保及び派遣労働者の保護等に関する法律(以下、「労働者派遣法」といいます。)や労働安全衛生法にも、適正な派遣就業の確保等のための措置を講じる義務をはじめとする派遣先の様々な義務が定められています。
派遣元の責任
派遣元は、派遣労働者との間で労働契約関係が認められるため、派遣労働者に対する安全配慮義務を負います。
また、労働者派遣法では、派遣就業が適正に行われるように、必要な措置を講ずる等適切な配慮をしなければならない義務(労働者派遣法31条)等が定められています。
なお、労働安全衛生法にも、派遣労働者の雇用主として派遣元が負う義務が定められています。
もっとも、派遣労働者の場合、労災事故は派遣先で発生しているため、派遣元には安全配慮義務違反が認められないということもあります。
一方、派遣元が派遣労働者の過重な業務を把握していたにもかかわらず、何らの措置も取らなかったため、派遣労働者が疾病にり患してしまったような場合には、派遣元にも注意義務違反が認められ、派遣元に対して慰謝料等の損害賠償を請求することができる場合もあります。
例えば、派遣労働者がうつ病を発症して自殺をした事案において、「労働者派遣事業を行う者は、派遣労働者を派遣した場合、当該派遣労働者の就業の状況を常に把握し、過重な業務等が行われるおそれがあるときにはその差し止めあるいは是正を受役務者に求め、また、必要に応じて当該派遣労働者についての労働者派遣を停止するなどして、派遣労働者が過重な業務に従事することなどにより心身の健康を損うことを予防する注意義務を負うと解するのが相当である」として、派遣元の責任を認めた裁判例(東京高裁平成21年7月28日)もあります。
まとめ
労災事故に遭って負傷したときには、後遺障害の有無ないし等級や、会社に安全配慮義務違反等の責任が認められるかどうかが重要となりますが、一般の方には理解しづらいと感じられることも少なくありません。
また、派遣労働者の場合、派遣先と派遣元のいずれに対して損害賠償を請求することができるのかという判断も、なかなか難しいことと思います。
労働災害に精通している弁護士にご相談いただければ、個別具体的な事情に即した具体的なアドバイスを受けることができます。
また、弁護士にご依頼いただければ、労働者災害補償保険診断書(後遺障害診断書)の確認や労働基準監督署等との面談の対応についてサポートしてもらうこともできますし、会社に対する損害賠償請求を代わりに行ってもらうこともできます。
労働災害に遭われてお悩みの方は、ぜひ一度ご相談下さい。